山の上で考えた

秋山シーズンも終盤、西穂高の手前に行ってきた。予報では雨だったが、天気図の前線の位置とか等圧線の流れを見ると、「軽く冬型の気圧配置」で、こりゃ晴れるなと。

西穂高の山頂は以前行ったので、独標ってとこでぼーっとして折り返す。

前日は小屋の横でテント泊。昼過ぎに着いたら、もう優良物件が全然あらへん。なんとか隙間に自宅を建て、色々作業を思い出しながら飯を作って酒飲んで、ほな寝るかという段、

アホほど騒ぐ奴が、あちこちに出現。それと、右も左も前も後ろも何故に「関西弁」。心斎橋でキャンプしてるのかと錯覚するほど。ここはもはや関西の山になってる。そんなこともあり、意気消沈。

そうは行っても、富士山が見えたり、この前までバイトしてた北岳が見えると何故か背筋が伸びる。今頃仲間は小屋閉めで忙しいだろうな、自分はその渦中にいないんだと思うと、

寂しい。

山は、コロナの喪が明けた感じがしたが、小屋やテント場のWEB予約制は続くんだろう。自由な山旅は戻ることがあるんだろうか。

遊んでますとも

誕生日とやら。不必要なくらい蝋燭立てて、なんかのミサっぽくしようとしたら怒られた。

天気が良かったので久しぶりにぶら下がってきた。

けど全然登れない。結構インチキなことしてたら

現場のあるじに睨まれたり。

翌日も天気が良かったので、走ってきた。六甲山はいい山だ。

心肺機能は徐々に低下中、筋力は急速に低下中を実感。

おもろいバイトを見つけて履歴書送ったのに、全然返事がこやんので、身動き取れず。果樹園の手伝いとかそんなの。

決まったら、また投稿しますわ。

どうしたいのか分からんかったので、とりあえず映画を見てきた

山小屋から離職証明が届く。寂しいけどこれで一区切り。で、再び無職に戻った。

さーて、次、どうすっかなー。先週だったか、企業年金とかいう小銭が口座に振り込まれたのを発見。働かなくてもこれで毎日呑めるけど、無限に続くわけないし。

ネットの求人サイトで見つけた仕事に、飲んだ勢いで応募したらソッコー連絡きて履歴書持ってこいと。働いた方がええのか、このままぶらぶら自由に生きてた方がええのか、妙なことで悩み始めてる。

コロナ禍で全ての仕事がキャンセルになったけど「今」を満喫している(とパンフレットに書いてあった)人の映画を見てきた。

当時TV放送で何個か赤井選手の試合を見たけど、改めて当時の映像を映画で見ると、結果がわかっていながらも心臓ばくばくしてめちゃくちゃ緊張した。今の自分と状況は全然違うけど、ボクサーという仕事がなくなった後、自分がやりたいことってなんなん?どうやって毎日過ごしてたらええのん?なかなか答え見つからんけど、「今を満喫」しといた方がええかなっていうのが

ちょっと響いた。

あとね、映画の入場券買う時にシニア割り使えたのが衝撃。

小説だと、全ての登場人物の気持ちを自分に置き換えて、一人称で話に入っていくけど、映画は全部違う人が演じているので、演じてる人の個々に気持ちを変えてスクリーンを見るので、楽しいや。

これからも映画、見よう。

冬はどっかのスキー場でバイトするかも。

次の希望へ行くだけ

お盆の写真。小池さんの実家へ墓参り。かつてちびっ子だったローラー娘が今や自分の子分とブランコに乗る光景が、なんとも不思議だった。

登山再開。手始めに上高地でキャンプ。何年も登ってない穂高連峰の美しさは色褪せてなかった。色褪せたのは自分達の体力。それから、コロナ禍を境に山登りを始めた人の行列をぼんやり眺めたが、自分達にあの熱さが残っているかどうか。山小屋もテント場もWEB予約しないとダメって、それって「自由なヤマ旅」を捨てろってことだと思う。それと、高額医療補助が廃止になるって噂(多分法案通る)、もし本当だとしたらもうクライミングどころか登山やめようかな。

晩飯の最終に必ず「もよおす」人。けどそれももう慣れた。

今月後半から来月の小屋閉めまで、山小屋のバイトに戻ろうと思っていたが、あちらから断りの連絡があった。登山客の減少と大変な赤字を背負って、バイトを雇う余裕がないらしい。

残念な気持ちと「やっぱりな」の気持ち。毎日、毎週、毎月、毎年、数字数字数字数字と息の根が止まるくらい言われ続けた身としては、痛いほどわかる。

今朝のTVニュースで内定式の様子が映っていたけど、みんなどうか幸せな会社生活になればいいね。

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